東京からのお客さん

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校庭にいるとレンタカーが入ってきました。
「東京都から来ました。夏休みの自由研究で,『おばあちゃんが卒業した学校』というテーマで調べています。写真を撮ってもいいですか?。」
「どうぞどうぞ,いっぱい撮っていいですよ。」
児童数や学級数,教室,敷地面積とかを質問されました。
兼次小学校の運動場の広さに驚いていました。東京の小学校の4倍あるそうです。
嬉しそうに帰って行きました。


沖縄県で最も長い一直線の橋,今帰仁村古宇利大橋♪

平成17(2005)年に開通した古宇利大橋は,架橋時沖縄県で最も長い1,960mの無料の橋でした。その後平成27(2015)年に伊良部大橋に長さは抜かれたものの『一直線』の橋では最長だそうです。国頭村から西原町に通勤する時,段々できあがっていく橋を見ながら「渡ってみたいねえ。」と思っていました。そして今回,渡ることができてよかったです。

4年前。テレビ番組「鶴瓶の家族に乾杯」に今帰仁村が出たことがあったような気がします。撮影収録場所が「今泊」と「古宇利」だったような気がします。古宇利大橋
テレビで,古宇利島で1つしかないお店のあばあちゃんが豪快に
「ガッハッハッハ~。」
と笑うので,
「今帰仁村にはすごいばあさんがいるねえ・・・。」
と,つられて笑ってしまいました。


源為朝が今帰仁村に来ました。

DSCN1908zzzzzzzzz 琉球王国の正史『中山世鑑』や『おもろさうし』,『鎮西琉球記』,『椿説弓張月』などでは,このとき

源為朝が琉球へ逃れ,その子が初代琉球王舜天になったとしている

来琉の真偽は不明だが,正史として扱われており,この話がのちに曲亭馬琴の『椿説弓張月』を産んだ。日琉同祖論と関連づけて語られる事が多く,尚氏の権威付けのために創作された伝説とも考えられている。この伝承に基づき、大正11年(1922年)には為朝上陸の碑が建てられた。表側に「源為朝公上陸之趾」と刻まれており,その左斜め下にはこの碑を建てることに尽力した東郷平八郎の名が刻まれている。

【今帰仁村運天港近くにある石碑】

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かたぶいすっさ~!!

同時刻に撮った写真,2枚。今帰仁村西側(兼次小学校区)は大雨。今帰仁村東側(その他の校区)は晴れ。運がいいですね。花の水かけ,1時間以上かかります。今日の水かけはしなくていいですね。
かたぶいすっさ~


エイサーの練習日♪

校長先生のパワー,軽快なリズム感,俊敏性,ジャンプ力。いったいどこからこのような力が出るのかな?。すばらしいね♪。4~6年生も昨日より上手になっていました。おめでとうございます。
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